187362 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

シンプル・ライフ

シンプル・ライフ

「UTADA エクソダス」

「UTADA エクソダス」

.☆.・∴.・∵☆:*・∵.:*・☆.☆.。.:*,★ :*・∵.:☆.。.:*・:*・∵.☆:*・∵.゜
 正直、一度聴いた途端、なんという退屈なアルバムだろう、と思った。それは予想通りであり、いい意味での退屈だった。
 俗に、宇多田ヒカルは出せば売れると言われているようだが、実はそうでは無い。家族ユニット、U☆STAR、NY時代のソロ、Cubic Uと言った、いわば下積みがある。
 ぼくが一番好きな彼女のアルバムは、Cubic U名義で発売されたスムースの一枚だ。スムースってのがどんなジャンルか分からない人は、ツタヤで80年代のデートムービーを借りてくるといい。暖炉をバックにしたラブ・シーンを探そう。きっとバックに掛かってるだろう。
 昔は退屈で聞いていられなかったスムース・ミュージックの虜になったのは、ぼくがロマンティックな人間になったからに違いない。うそ、本当はくたびれきった男になったからだ。
 この手の退屈な音楽という文脈は、まだ日本では定着していないと思う。ぼくも基本的には、ワビサビ、緩急が効いた分かりやすい物が好きだ。
 対してアメリカのシェアでは、悪く言えば単調、例えるなら大量に肉ばかり食うような物が分かりやすいとされている。ホッケーマスクをつけた大男が時間いっぱい斧を振り回せばデート映画が一本出来る。
 今回、UTADAはホッケーマスクを付けている。それはマーケティング的な計算もあるだろう。恐らく、多くのリスナーはそう思い、一度手に取ったエクソダスをカーステレオから取り出し、浜崎あゆみか175RのCDに交換するだろう。そしてどこか人気のない所で車を停めてヘビーペッティングにいそしむ。(その内、何割かのカップルは喧嘩をするだろうし、何割かの喧嘩は深刻な物になるだろう。ホッケーマスクによるカップル殺しはこれを暗示している!)
 あまりにあからさまなチェーンソーの振り回し方に、ぼくは半ば呆れ、半ば喜びを感じた。ぼくが好きな彼女は、こういう娑婆っ気の無い彼女なのだ。
 しかし、彼女のチェーンソーはぼくの心も引き裂いた。リリックの和訳を読んだときだ。
 まず最初に感じたのは、「……安い?」という事だった。
 ある曲では彼女は、ハーレクィンでお馴染み南部のヤッピー男を誘惑している。マイケル・ムーアばりのブッシュ批判なのだろうか? ある曲ではふしだらな自分を否定し、否定するが故に自らをセックスに駆り立ててもいるように取れる。
 カジュアルにセックスを玩び、例えば心の重石に代用するのは、ぼくに言わせればあまりにも安いファッションだ。
 誰でも彼でも、100円ショップで買ってきた孤独を飾り立て、セックスに専念しては「私には心があります。なぜなら孤独で痛むから」という手書きのステッカーを貼っている。
ぼくにはその横に、半額ステッカーが見えてしまう。新人UTADAの分かりやすさは、曲調よりもむしろ、歌詞だったのだ。
 マドンナをビョークが唄っているよう、と言ったら分かりやすいだろうか。フランス語が許されるなら、ビッチ・ソングだ。
 若くして公人となり、バック・ギタリストの息子と恋に落ち、破局し、同じく職場の男性と結婚した彼女からは、まったく見えてこない心情が語られている。
 ぼくは大変ショックを受けた。女性という物が、自分の心を表現する時、果たしてこれ意外には無いのだろうか? 宇多田ヒカルという異才を持ってしても。
 同時に、その表現の方法もひどくぼくを貫いた。ポーを引用し、出エジプト記をイメージし、彼女は誰にも出来ないやりかたでリリックをつらねていた。
 誰でもがやっている事を、誰にも出来ないやり方でやっていたのだ。
 まるで厚く、透明な壁が、彼女の周りの景色を取り囲んでいるようだった。
 その孤高さが、ぼくの心を打ちのめした。それは何より、遠くに行ってしまったという感触だった。どれだけ近くに見えるとしても、彼女はそこにはいないのだ。
 本物の表現は、決して他人を寄せ付けない。そしてそれは、表現者自身をもそう感じさせるのだと、ぼくは初めて気がついた。
 その事にぼくはとても傷ついた。傷ついた事に驚いた。
 だが、ぼくはやはり、切り裂かれるべきなのだろう。この痛みこそが、半額シールを貼らないでいい物だからだ。
.☆.・∴.・∵☆:*・∵.:*・☆.☆.。.:*,★ :*・∵.:☆.。.:*・:*・∵.☆:*・∵.゜

bbs


© Rakuten Group, Inc.